題名のない雑記帖

まだまだ道半ば。今はまだタイトルをつける時じゃない。

価値観がずれていく

 

ランチを終えて少し外を歩いて、天氣もいいしベンチで座って話すことにした。

多分わたしの今後を心配してくれてのことだろうが、山羊くんが唐突にiDeCoを勧めてきた。
知識のないわたしにもわかるように丁寧に説明してくれたけど、国が勧めてると聞いた時点でもう国とか信用ならないと思っているわたしはあまり聞く氣になれなかった。

それでも新たな知識を増やすことは大事だと思って一生懸命聞いていたが、この直前にTwitterで丸い社会がどうのこうの言ってる人達に共感していたので、余計にお金の話を聞くのはしんどかった。
わたしは数年前から今の社会は色んなことがもう限界なんじゃないか、無理矢理延命治療してるようにしか思えないなどと
考えていたのに、山羊くんが経済は発展しかないみたいなことを言うもんだから、ああ、まだそういう考えなのか、この世界に対しての認識が違ってきてるんだな、と少し寂しさを覚えた。
いつぞやは同じ目線で話をしていた時もあったのに。

山羊くんの方が社会を解っててちゃんと現実的な話をしているのはわかってる。
わたしもいい加減きちんと現実を見ていかないといけないのもわかってる。
でもどうしてももう限界を迎えているようにしか見えない今の物質社会に合わせて生きたくない。本音はこれだ。
いや、山羊くんだって今までしてきた話を繋ぎ合わせたらこういう氣持ちも持ってるだろうし、世の中にもこういう思いを抱えた人はたくさんいると思う。それでも皆ちゃんとそれとこれを分けて、現実を生きているんだろう。
大人はそういうものだとはわかっているけど、でもどうしても興味が持てない。

2020年に世の中が激変してすぐ人生も激変して、価値観が根底から覆された。
もう何が起こっても驚かない、残りの人生は魂が心地よいと思うことだけ選んで生きていこうと心に決めたのだ。その方向性が相容れないらしいことは寂しかったが、仕方ない。

丸い社会云々は、このコロナ初期にネット上の一部界隈で話題になっていた『美しき緑の星』という映画を観てその世界観に凄く癒されて憧れたからだ。
こんな世界があったらいいな~と心の奥にしまっていた思いが、丸い社会を目指す人達のツイートを見てまた再燃していたのだ。

 


映画の中で、地球人の女性が口紅をつけようとした時に緑の星から来た女性が、

「そうしないと、愛されないの?」

と問うシーンが印象的だ。
この一言で、いかにわたし達が植え付けられた価値観の中でがんじがらめに縛られているかを表していると思う。



この日、山羊くんが家に着いたであろうタイミングでメールをくれた。
遊んだ後に山羊くんからメールくれたことなんて今までほとんどなかったし、今回は最初にタイミングが合えば、なんて言われてたからこの珍しい出来事が余計に嬉しかったけど、このとんでもない時代を生き抜いていくうえでのわたし達の見ているものにズレが生じてきているのを感じて、この日はなんとも言えない氣持ちになった。