題名のない雑記帖

まだまだ道半ば。今はまだタイトルをつける時じゃない。

〝観たつもり〟〝聴いたつもり〟〝解ったつもり〟

 

この時期は先述したTwitter上でのやり取りで、それぞれに囚われている思い込みや固定概念の檻からの脱出についてそれぞれの思いや考え、氣付きを自由に話しながら、それぞれの課題に向き合う時間を過ごしていた。

その中でわたしは今までいかに、〝観たつもり〟〝聴いたつもり〟〝解ったつもり〟になっていたかに氣付かされた。
小説が好きで色々読んだわりには何も身になっていないのも、熱心に観ていたはずのドラマの最終回が思い出せないのも、一事が万事〝つもり〟できていたからだろう。
表面だけなぞるような感じで今まできていたのだ。

それに氣付いたのでまずは心に留めておきたいことはきちんと紙に書くことにした。
一度見ただけで全部頭に入ってしまう東大生の脳を持っていればこんな作業は必要ないかもしれないが、わたしはすぐに忘れてしまうのだから一つ一つやっていくしかないのだ。


〝聞く〟と〝聴く
〟の違いについても考えさせられた。

「聞く」と「聴く」の違いは”音や声の背後も含めて理解しようとしているか”

「聞く」と「聴く」の違いは、”音や声の背後も含めて理解しようとしているか”という点にあります。

何らかの情報が耳に入ることの全ての状況に対して使うことができる「聞く」に対して、「聴く」は積極的に理解しようとしたり、味わおうとしたりする気持ちを持って、音や声に進んで耳を傾けるという態度のときに使われます。

「聞く」とは”音や声が耳に入る・その内容を知る”という意味

「聞く」の意味は、“音や声が耳に入る、あるいはその内容を知る”です。音が自然に耳に入ってくることを「風の音を聞く」、内容を知ろうと耳に入れることを「話を聞く」、伝聞によって知ることを「味が評判と聞いた」などのように、さまざまな状況において使われます。

さらに、「事情を聞く」といったように「質問する・問う」という意味で「聞く」が使われたり、「親の言うことを聞く」というように「相手の意見や忠告を受け入れて従う」という意味でも使われます。

「聞く」は何らかの情報が耳に入ることの全ての状況に対して使うことができます。

「聴く」とは”理解しようと進んで耳を傾ける”という意味

「聴く」とは、ある一定の状況において使われる漢字です。積極的に理解しようとしたり、味わおうとしたりする気持ちを持って、音や声に進んで耳を傾けるという態度を表わします。

「聴く」は、「音楽を聴く」「朗読を聴く」「講義を聴く」「国民の声を聴く」などの、身を入れて聞く場面で使われます。

コミュニケーションには「聴く力」が重要

言葉を通じて双方が理解しあうコミュニケーションに重要なのが「聴く力」です。「聴く力」はビジネスにおいても重要なスキルです。

相手の伝えたいことを理解するためには、相手の話をただ「聞く」のではなく、丁寧に耳を傾ける「聴く」力が求められます。「心の声を聴く」とも言うように、言葉の奥にある感情やメッセージを理解しようと気持ちを集中し、真摯な態度で聞くのが「聴く」という行為です。

引用元:https://biz.trans-suite.jp/34614#i


自分では人の話を〝聴いて〟いたつもりだったが、果たして本当の意味で出来ていたのだろうか。話を聞いているそばから、頭の中でこう返そう、こう言おうと考えてしまっている瞬間がきっとあった。
傾聴力を身に付けたいと思っているのに、それ以前の問題だ。

これからはとにかく意識して聴くことに集中しよう、そこから先はその後だ。