題名のない雑記帖

まだまだ道半ば。今はまだタイトルをつける時じゃない。

2月2日〜2月13日


2月2日
・数年前から時々思い出すと拝読しているブログ(Tさんのブログ、としておこう)をまた久しぶりに読んで、今のわたしは負の部分が物凄く共感できる人とは友達になれないだろうな、ということに氣付く。

更に読み進めていき、自分より不幸な人と比べてそれより自分は幸せだ、みたいな記事を読んだ時、とても重苦しい氣持ちになった。

そう考えないと保っていられない精神状態というのも嫌というほど解る。
解るからこそ嫌悪感みたいなのものが生まれたのかもしれない。
もうその頃の自分には戻りたくない!というように。


2月3日
・元夫の人間性を嫌というほど知っているはずなのに、それでもまだどこかで期待があってそのせいでいまだにイライラしたり悲しくなったりするのは、まだ自分の中にしつこく〝大事に扱われるべき〟という観念?があるからだ。
アンタから付き合ってって言ってきたんだから、多分全部ここに起因して、がんじがらめになってる。
更にそこに人からの扱われ方で自分の価値を計ろうとする厄介な癖もまだ染み付いているのだ。
ここから抜けられないと、ずっと許せないと思っちゃうんだろうな。


2月7日
・学校という場所がもっと全員が主体的・意欲的に活動できる場所だったら、休日や放課後を目標に平日や日中をやり過ごす、みたいな観念は生まれず、今ここを常に楽しんでいる、それが当たり前の感覚になれたのでは。
やはりここにも呪いをかけられ、更にそれを資本主義にも利用さ
れている。
ストレスを生み出し、それを解消するモノ・サービスをぶら下げられている。
ストレス一つでどれだけの業界が潤うのか、本当によくできたカラクリだ。


2月8日
さくらももこの漫画にこんな言葉が出てくるシーンがある。
 
 夢は夢だから夢なのである。叶ってからはただただ現実なのである。

これはこれで正しいことだと思う。でもわたしは無意識にこの言葉で自分自身に夢を夢のままにしておくよう呪いをかけたのかもしれない。

・毎日これだけたくさんの人とすれ違うのに、本当に会いたい人とはすれ違うことさえままならないんだなあ。


2月9日
・内容は覚えてないけど夢に山羊くんが出てきた。
嬉しい楽しいって感覚だけは残ってるから、吉夢だろう。
勝手に出てくるし勝手に浮かんでくるし、もうなすがままでいいね。


2月13日
・忍ぶ恋も、叶わぬ恋も、切ない状態への憧れとかその世界を楽しむ傾向があったからそれをわたし自身が具現化しただけ。
それらはもう充分堪能した。
楽しかった、ありがとう。
もうそういう世界は手放して、これからは温かい愛の世界を具現化します。

・山羊くんに関しては、ネガティヴな世界とポジティブな世界、相反する二つの世界を本当に並行して思い描いていたんだ、ずっと。
ネガティヴは慣れっこだし簡単だから手っ取り早くそっちの世界を具現化したまで。
じゃあ今度はポジティブな方へ!

・微睡みの中で自然とイメージングらしきことをやっていた。
少し前のわたしから、どんどん子どもの頃の自分に遡っていって、小学生の頃の自分の頭を〝わたしが可愛がってやる!〟と思いながら
撫でていた。
そうしているうちにふと、この頃のわたしに娘のことを話したらどんなに驚くかな、との思いが過って、でも娘は凄く可愛いから嫉妬?するかもしれんと思い、幼稚園の頃のわたしなら素直に可愛いと思うかなと思ってその頃に飛んで、その後同い年同士にしたら仲良くできるかなーと思って3歳同士にして3歳の娘の頭を撫でていたところで本物の娘に起こされてぶち壊された。笑
不思議な時間だったけど自分の中のなにかが癒えたのは確かだ。