題名のない雑記帖

まだまだ道半ば。今はまだタイトルをつける時じゃない。

どこまでいっても


去年の夏、格の違いを思い知らされて、それから憑き物が落ちたように山羊くんのことがわたしの中から抜けた。
自分の中でももう終わりに出来たと、年末軽くだけど人に失恋話も出来た。


しばらくはその状態でいられたのに、いつの間にかまた勝手に浮かんでくるように。

いくら何でも諦めが悪過ぎやしないかと呆れそうになったが、そうじゃない、山羊くんに諦めが悪いのではなく、山羊くんに少しでも近いレベルの人間力を身に付けることをわたしは諦めていないんだ。


そう思ったのも本当。


そうして、年も明けたし違う方向も見ようと、たまたま広告に出てきた婚活サイトの性格診断が面白かったのもあって軽い氣持ちで登録してみた。

せっかく独身に戻ったことだし、人との縁はどこで繋がるかわからないし。

そう思って自らの意思で登録したはずなのに、まずプロフィール文を考えるのすら億劫だった。
潜在意識ではこんな形は望んでいないことの現れか。

男性陣のプロフィールは真剣な方が多い印象を受けた。
それがかえってわたしを萎えさせた。
今のわたしは結婚とか、そういったものを求めているのではないのだろう。
というか結婚を目的として出会おうとすることがわたしにとって不自然なのだ。

しかも無意識に山羊くんに近いプロフィール、山羊くんぽい人を探していることに氣付いてしまった。
こんなとこにいるわけないし、いたとしても繋がれるワケないのに…。

いくつもメールが送られてきたがどれも返す氣になれず、結局誰ともやり取りしなかった。


第2ターン突入!
こうなったらどこまで心の中に居続けるのか試してみたい!


それにしても今回こういったサイトに登録したことでまた学びがあった。


自分自身が元々真面目という言葉をいい意味で捉えていた人間だから、それを重いと感じる人側の心理がわからなかった。
今回何人かのプロフィールを見て感じたことは、いかに自分が真剣で真面目かをわかってもらおうとする文章の中にはその必死さが出ていて、それが読み手に重い、怖いというような波動となって伝わっているものもある氣がした。
怖いと思う理由については、自分と同等の真剣さを相手に〝要求〟する波動だからでは、と感じた。
このことは以前職場である利用者さんの言動からその心理について分析しながら話し合ったものに通じていると思う。
自分の真面目さ、氣の遣い方を担保に、私はあなたにこれだけしてるんだからあなたも同じものを私に返しなさい、という要求を無意識にしている心理だ。
この話し合いの時に、過去の自分もこれを色んな人にやっていたことに氣付いた。
だから相手からの反応が自分の望むものでないとイライラする場面が多かったのだ。


一蓮のことを通じて以前は重いと思うその価値観が無理、と思っていたものが、真面目だからっていいわけじゃないということが解るようになった。
ここまで5年半のこれだけの経験をしないと理解できないんだから、いかにわたしの中の紐がぐちゃぐちゃに絡まっていたのかってことだ。


山羊くん、よく付き合ってくれたなー。

健全な人からしたら、やっぱり違和感があったと思う。
それなのに本当によく付き合ってくれた。
感謝しかない。

でもまだ聴きたいこと、教えて欲しいことがたくさんあるよ。
過去の会話から学ぶしかないけれど。